意外と身近な「メンタルヘルス」【医師にインタビュー】
記事要約
新生活をスタートさせたり、新しい環境への変化が多いこの時代に誰にでも起こりうる、うつ病や適応障害の診断方法や予防法等を解説します。
意外と身近な「メンタルヘルス」
情報過多のストレス社会と言われる現代、メンタルの病気を患う人が増えています。まして今年は新型ウイルスによる非常事態も重なって、不安定な新生活をスタートさせた方も多いのではないでしょうか。
こんな時期だからこそ、心の健康を保って、平穏な日常生活を心がけたいものですよね。そこで、メンタルにまつわる病気や身体の不調について、アナムネ医師の吉田先生に詳しく伺いました。
メンタルヘルスの予備知識を持って、自身や周りの人をしっかりケアしておきましょう。
メンタルヘルスとは?いつから増えたの?
昨今、“メンタル”や“メンタルヘルス”という言葉をよく聞くようになりました。そもそも、メンタルを患う人は昔はあまりいなかったのか、それとも言葉自体が新しい概念なのでしょうか?
恐らくは昔から、私が言えるのは精神科医になってからの約17年ですが、ずっと前からあったことです。広く言えば日常生活に影響を及ぼすような、精神的なものに基づく身体の不調はすべて、メンタルヘルスの領域と言えます。
昔はうつといえば、夜眠れなくて、食べられなくて、ガリガリに痩せてしまって、身動きも取れない…と思われていたのが、気分が数週間落ち込んだり、やけ食いのようなものが出たり、自分の気持ちがコントロールできなくなるのもうつなんだ、っていう情報が行き渡ったんですね。
自分が病気かもしれないと疑うきっかけが増えて、受診してみようという気持ちになる方が増えたのだと思います。
メンタルの病気としては、どのようなものが多いのでしょうか?
パニック障害、社会不安障害、いろんなものがありますけれども…一般的にやっぱり今、特にお勤めされている年代で、例えば休職の原因になるような病気としては、うつと適応障害が多いのではないかと思います。
最近は私自身、適応障害の診断をすることも多いです。
適応障害が増えているのには、なにか理由があるのでしょうか?
先程の情報が行き渡った、という話と重なるんですけれども、意欲の低下や会社へ行くことのストレスが病気からくるもの、っていう風に思う方が増えたんだと思います。
気分の落ち込みや意欲の低下といった症状が、一つの原因、仕事なら仕事、介護なら介護などに集中しているのがひとつの特徴なんですね、適応障害というのは。
その環境と本人の組み合わせの悪さというか、他のことに関してはまだそれなりにできるという。不調がその原因に限局しているのを自覚して、比較的軽いうちに病院に来られる方が多いということでしょうね。
適応障害は、環境を変えて完治したら、再発しにくいものと考えてよいのでしょうか。
職場での適応障害という診断が出ますと、だいたい今は配置転換を考えてくださる会社さんが多いですよね。実際その人の苦痛となっているものが取り除かれれば、その後はもう大丈夫ということも多いです。
メンタル不調を起こす原因とは?時期は?かかりやすい人は?
一般的に、メンタルの病気にかかる原因はどんなところにあるんでしょうか?
さまざまではあるのですが、具体的な原因としては、生活上の変化がある場合に比較的多いですね。
例えば春先ですと入学や入社、転職なんかも割と多い時期ですので、新しい生活になかなか馴染めないとか、ご本人が思い描いてたのとは少し違った、と。
そういった変化に対する不調に自分で気づき始めるのが、やはり5月の時期が多くて、“五月病”と言われるように、外来も入院も非常に多いです。
気温が不安定で、天気も目まぐるしく変わるので、自律神経の状態が乱れて、それが気分の落ち込みにや不眠、食欲の低下につながっていくこともあると思います。
もともとうつや双極性障害などをお持ちの方が調子を崩されることも多い時期ですね。
環境的に変化があるときに、注意が必要なんですね。
あとはなにも特別な誘因がないのに、うつになられる方もいらっしゃいます。
脳内のホルモンバランスの異常と言われていますが、それがどのくらいのストレスで起こるかっていうのはやっぱり人によって千差万別なんですよね。
男女比や年代別の傾向、なりやすい人の特徴などはありますか?
メンタルヘルスといっても幅が広いので、例えばうつなのか、あるいはパニック障害や適応障害、統合失調症なのかによって、男女比、年代比はある程度変わってきます。
例えばうつの場合は、一般的にはやや女性の方が多いとは言われていまして、私の印象としては、四十代の女性はよく診ますね。
更年期障害のような健康上の問題が出てきたり、子育て、介護の負担などもかかっていたり、今までの生活との変化が出てくる時期で、比較的多いようです。
ただ、うつがあっても我慢をしてしまったり、受診につながらないケースも多くあるので、なかなか本当の意味での男女比、年代比はわかりにくい部分です。
環境要因で、職業や仕事に起因するものは、どのようなものがありますか?
仕事で適応障害を起こす方としては、印象として多いのがSEさん。
昼も夜も働いて不規則になりがちで、電子画面をずっと見てて陽に当たらないような生活をされていたり。看護師さんも多いですね、日勤と夜勤とを繰り返すような生活をされているので。あと保育士さんも多いですね、それだけストレスのかかる大変な仕事なんだろうと思います。
時間的に不規則であったり、拘束時間の長い仕事、人間相手で気の抜けない仕事などは比較的ハイリスクと言えるかも知れません。
どのように診断される?医師を受診すべき理由は?
うつについては、どのような判断軸で診断されるんですか?
一言で言えるものではないんですけれども……気分が落ち込んでいる期間、あるいは生活の状態ですね。
なにか特定の事柄だけではなく、例えば原因が仕事だったとしても、仕事だけじゃなくその他の趣味や好きなこと、これまで楽しめていたことが楽しめなくなるっていう、全体的なエネルギーの低下ですね。
食欲の低下、異性に対する興味の低下、そういったことも含めてだいたい精神科では聞くことになります。
あとは自分に対する評価が悲観的になっているというか、実際に比べて希望のない状態、といいますか……精神科の専門医が、ご本人の状態を総合的に診て、判断することにはなります。
心理カウンセラーと呼ばれるような人に相談する場合もあると思うのですが、精神科医との違いはどんなところですか?
お薬を処方できるかできないか、は大きなことだと思います。
あとは精神科の病気なんでもそうですけれども、内科的にも気分の落ち込みを出すような病気もあるんですね。例えば甲状腺の機能の異常があると、意欲がでなかったり、気分が落ち込んだり、食生活の異常や不眠が出たり。
そういった内科的なものの可能性を、検査などを行って除外した上で、精神科的な問題として判断するのが、医師の一つの仕事になります。一度医師を受診して、お薬による治療法とカウンセリングとの二本立てで考えることも多いのではないかと思います。
治療の方法や処方、治療にかかる期間は?
診断が出たら、どのように治療していくのでしょうか?
うつ病と診断されれば90〜95%以上、ほぼ薬を出すことになると思います。
回復を助けるという意味で、カウンセリングなども含めた精神療法と、お薬による薬物療法で、できるだけ早くもとの状態に復帰していただくことを目指します。
うつ病自体、多くの場合、必ずしも薬がなくてもいずれ自然に脳内のホルモンのバランスが整って完治する可能性があるものと考えられています。
ただ、そんなに長期的に待てる方は多くないですし、実際困ってるから病院にいらっしゃるので、早くなんとかしてあげようということで、お薬は処方されますし、飲まれる方が多いと思います。
例えば過去になにかお薬で副作用があって怖いとか、精神的なお薬に拒絶感があるとか、合併症があってお薬があまりつかえないなどの方でなければ、ほとんどの場合、お薬を使うと思います。
メンタルの病気を治すのには、それを患ってた期間と同じだけ時間がかかると聞いたことがあるのですが。
そうですね、それは非常によく言われることだと思います。
どんな病気でも、治療が遅れると治りにくくなるというのはありますよね。
例えば、5年間家族の介護に携わってうつになってしまった方がいれば、完治までに治療開始からやっぱり5年かかるという、ケースバイケースですけれども、基本的にはそういう風に考えて治療することが多いです。
適応障害の場合はどうでしょうか?
適応障害と診断された方に関しては、お薬は半分の方に使うか使わないかだと思います。
眠れないから軽い睡眠薬を出す、不安が強いから軽い不安剤を出すとかの程度で、あまり根本的に飲み続けなくてはいけないような精神科のお薬を出すことは、多くはないですね。
適応障害の場合は対症療法的な方法になることがほとんどで、環境調整がもっとも効くと言われています。
例えば有給休暇をとって旅行したら治った、みたいなこともあるんですか?
原因になってるものによりますね。
例えば原因が職場の一人の上司であって、休みの間に配置転換があって、別の上司についたらきれいさっぱりなくなったとか、そういうことはあると思います。
ただ原因が仕事であっても、負荷とかプレッシャーの多さであるとか、営業成績であったりすれば、数日休んでどこかに行ったからといって解決するものではないですから。
メンタル不調を防ぐために、いまからできることは?
新生活がはじまっていろんなことが変わるこの時期、予防のためにできることはありますか?
まずば、生活のリズムを整えることですね。
朝起きて夜眠るという自分のパターンを作るようにして、食事の面でも三食規則正しくとる。
周囲に自分が気を許せる、悩みを打ち明けられるような話し相手を持つとか、無理に急いで環境に適応しようとしない、自分に完璧を求めない、このようなことが予防法ではあるとも言えます。
やはり睡眠というのは影響してくるんですね?
そうですね、睡眠は一つの大きなファクターでしょうね。
寝不足自体も含めて、寝不足になるような環境が問題になりますね。
例えばSEさんで、仕事上画面を見て長時間作業し続けて、そのあとすぐ眠れる方ってあまりいなくて、どうしても睡眠に影響が出てしまう。
納期前はほとんど徹夜でやって、終わった頃にはすっかり調子を崩してて、という方もいらっしゃいます。
とはいえお仕事の場合は難しいですよね。どのようにアドバイスされますか?
ひとつには働いている方であれば効く時間の短い睡眠薬を出して、寝かしつけだけお手伝いするようなことをすることもあります。
トータルで睡眠時間が足りているようにすること、あとは眠りにつきやすいよう寝る前のスマートフォンの使用を控えるとか、午後からはコーヒーをやめてください、とか。
少し身体を動かすようなことをお勧めする場合もありますね。
東京の方だったら駅一つ分歩くように、できるだけ階段を使うように、という一般的なアドバイスにはなります。
こんな時は受診してみて
気になる症状があったとして、受診する目安はありますか?
精神科を受診してください、という一つの目安は、気分の不調が2週間以上続くときですね。
あとは今までに感じたことのないような気分の落ち込み、意欲の低下があれば、まず受診していただいたらいいんじゃないかと思います。
2週間って、意外と短いですね。
個人差もあるでしょうけど、2週間継続して気分が落ち込んでるとなると、やっぱりちょっと心配な状態だというふうに考えますね。
病院に行きやすくなったとはいえ、行きにくいような……自分から受診される方が多いのですか?
それは実際、地域性とか年代差もあります。都心部だと、受診したことを周囲に気づかれにくい、っていうこともあります。どこの駅にもメンタルクリニックがありますし、ちょっと眠れないとか、気分が落ち込むってことでも気楽に受診される方が多いです。地方に行くと、例えばその町に一つしか精神科がなくて、昔から顔見知りが多いとかだとやっぱり行きにくいですよね。
あとは若い方の方が、症状が軽いうちに受診されることが多いように思います。
逆に、上の世代になると自覚しても受診しにくいということですか?
四、五十代まで受診歴がない方というのは、会社である程度立場があることもあるのか、精神科を受診したことが保険証で会社にばれるのがイヤだ、という方はけっこういらっしゃいますね。
なんとか内科的な理由をつけて、過労だとかで診断書をもらって会社を休むことを繰り返したけど、根本的な解決には至らずに、いいよいよ困って精神科へ、というケースもあります。
会社でもメンタルヘルスチェックなようなものがありますが、“メンタルの人”としてフラグされたくない、という気持ちがどうしても働くので、見つけにくいということもあります。
有給休暇もまだ日本では取りにくいと思いますし、実際に自分でコントロールできる部分が少ないようには思いますよね。
2週間以上気分の落ち込みがあった場合、という目安は分かりやすいですね。 そのような状態を自身で把握したり、セルフチェックできるツールなどはありませんか?
診断基準になるものが簡単に示されている資料や、患者さん向けにある程度やさしく書いてある製薬会社のサイトなどはあるので、参考にはできます。
ただ、メンタルの状態のセルフチェックは、実際のところは難しいと思います。うつになると、判断能力自体も鈍ってしまうので、自分の状態が普段と違うかどうかさえ、自覚するのが難しいのです。
患者さんをできるだけ逃さないようにしたい立場としては、チェック項目が何個以上なら危険域、何個以下ならまだ大丈夫というような、その大丈夫を言えないんです。
確かに、あくまで参考としてですね。
最後に、この時期をメンタル面で乗り越えるためにメッセージがあれば、お願いします。
現在、コロナウイルスの流行により、普段とは異なる生活を余儀なくされ、色々な面で不安を覚えている方が多いかと思いますが、精神的に強いストレスを感じると免疫力が低下すると言われています。
手洗い、うがい、マスクの着用といったことを励行するのはもちろん大切ですが、睡眠や食事をしっかり摂り、明るい気持ちで過ごすように心がけることも一つのコロナウイルス対策といえると思います。
<リファレンス>
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