抗リン脂質抗体症候群|疾患情報【おうち病院】

記事要約

抗リン脂質抗体症候群とは、血中に抗リン脂質抗体とよばれる自己抗体が存在し、さまざまな部位の動脈血栓症や静脈血栓症、習慣流産などの妊娠合併症をきたす疾患です。抗リン脂質抗体症候群の原因・治療方法・診断のコツなどを、医師監修の基解説します。

抗リン脂質抗体症候群とは

抗リン脂質抗体症候群は特殊な抗体を持つことにより生じる動静脈血栓症、習慣性流産、さらに血小板減少症などをきたす疾患です。全身性エリテマトーデス(SLE)や他の膠原病に合併した二次性と、単独で発症する原発性に分類されます。本症の本態はリン脂質に対する自己抗体によってもたらされる血栓形成であり、その血栓が形成される部位に応じて多彩な臨床症状が認められます。習慣性流産から診断されることもあり、産科関連の病態は重要です。

 抗リン脂質抗体症候群は抗カルジオリピン抗体 の測定に関する標準化がなされていないこと、血栓症以外にも多彩な症状があることから、臨床研究を行うことが難しく、その正確な頻度を把握することが困難です。血栓症だけでは自己抗体の検索をされないことも多いとも考えられ、潜在的な患者数はより多いと考えられます。SLE患においては約10~20%の頻度で合併しているとされます。SLE患者の約40%で抗リン脂質抗体陽性ですが、実際に血栓症が起きるのは40%未満です。

抗リン脂質抗体症候群の原因

抗リン脂質抗体による血栓形成が原因となります。原因は不明ですが、遺伝的要因に何らかの環境因子が重なって抗リン脂質抗体が産生され、その抗体の作用によって血栓症が起こるとされています。抗カルジオリピン抗体は、膠原病のひとつである全身性エリテマトーデスにおける血清梅毒反応の生物学的偽陽性に関与する抗体と考えられています。また、このループスアンチコグラントとして捉えられている抗体は単一のものではなく、プロトロンビン、β2-GPIなどに対する多様性な自己抗体群であると考えられています。一連の抗リン脂質抗体は直接病態に関与していると推測されますが、実際に病態が起こるには感染症など何らかの"引き金"が必要と考えられます。

相談の目安

抗リン脂質抗体症候群の約半数は全身性エリテマトーデスに合併するので、この診断がされている場合には抗体の検査を行います。原発性では他の膠原病を合併する例もありますが、そのほとんどに明らかな基礎疾患がありません。若年で脳梗塞を発症する方や流産を繰り返す方の原因の一つとしてこの病気があげられます。

疫学的整理

近年の欧州で行われた疫学研究などを参考にすると、全身性エリテマトーデスの10-20%が抗リン脂質抗体症候群を合併していると推定されています。

日本では全身性エリテマトーデスの患者さんが60,000人以上いると推定されていることなどから、二次性抗リン脂質抗体症候群が5,000~10,000人、原発性抗リン脂質抗体症候群も同程度の5,000~10,000人程度いると推定されます。平成28年度に原発性APSで難病申請を行った方は全国で314名でした。軽微な症状を自覚していなかったり、流産や脳梗塞を発症した際に自己抗体の検索を行われていない場合もあることから、その実数はさらに多い可能性があります。

抗リン脂質抗体症候群の症状

(1)動脈血栓症

脳梗塞などの脳血管障害が最も一般的に認められ、90%以上を占めます。てんかん、片頭痛、舞踏病、行動異常、意識障害など多彩な精神神経症状が出現しますが、必ずしもそれらを説明できる梗塞病変が検出されないこともあり、抗リン脂質抗体による直接的な神経障害もあると考えらています。さらに、網膜動脈血栓症、心筋梗塞、腸間膜動脈血栓症、皮膚潰瘍などの病態が認められます。また、まれですが肺動脈に生じた血栓により肺高血圧症を発症したり、全身性エリテマトーデスではしばしば肺梗塞も認められます。

(2)静脈血栓症

下肢を中心に深部静脈血栓症が最も多くみられ、多発することもあり、再発を繰り返します。網膜中心静脈血栓症、上大静脈症候群, 副腎静脈閉塞による二次性アジソン病、さらに腎静脈血栓症など、多様な臓器病変を発症します。

産科合併症としては習慣性流産が代表的なもので、これは3回以上の自然流産を生じることと定義されています。一般の自然流産が早期に多いことに比べ、本症候群での流産は中期に多いことが特徴とされています。胎盤梗塞が原因と考えられ、循環不全により物質交換の障害、胎児への栄養供給や酸素供給の低下が起こり、胎盤の発育障害や胎児死亡に至ると考えられています。その他、胎児発育不全、子癖前症、早産、胎児仮死の合併などが認められます。

(3)その他

軽度から中等度の血小板減少症が20-40%程度に認められます。

また、これらの病態に加え、劇症型抗リン脂質抗体症候群と呼ばれる概念が提唱されています。一般に本症では中型以上の血管に血栓を形成しますが、劇症型では細小血管での血栓形成が広汎にもたらされ、脳、心、肺、腎、消化管などの多臓器不全となります。通常、原発性の場合に多く認められ、外科手術、薬物投与、抗凝固薬の中止などをきっかけとして発症します。

その他、下肢の深部静脈血栓症による下肢の腫脹、疼痛や、動脈血栓症として脳梗塞による四肢の麻痺、構語障害、意識障害などが出現します。さらに、網膜中心動脈閉塞による視力障害、冠動脈血栓症による虚血性心疾患や肺梗塞、妊娠合併症として習慣性流産、死産、子癇などもみとめられます。網状皮斑や血小板減少症による紫斑などの皮疹もみられます。

(4)産科に関連した症状

特に産科関連の病態は重要であり、習慣清流産から診断されることもあります。産科合併症で抗リン脂質抗体を測定する対象となるのは、①2回以上連続する原因不明の妊娠10週未満の流産、②原因不明の妊娠10週以降の子宮内胎児死亡、③子癇・重症妊娠高血圧腎症(特に32週未満の早発型)、④胎盤機能不全(胎児発育不全) を認めた場合とされています。ほかには,血栓症の既往がある場合,梅毒反応生物学的偽陽性の場合、血小板減少を認める場合は測定の対象となります。また、全身性エリテマトーデスを合併している場合には当然検査は行われています。

抗リン脂質抗体症候群の診断基準

抗リン脂質抗体に加え、肺梗塞や下肢の深部静脈血栓症などの静脈血栓症、また動脈血栓症として脳梗塞などを認めることにより診断され、分類基準案が提唱されています。

 抗リン脂質抗体症候群の分類基準案(札幌基準シドニー改変)(2004)

臨床基準

  1. 血栓症
  2. 画像検査や組織学的検査で確認された動脈、静脈、小血管での血栓症
  3. 妊娠に伴う所見
    1. 妊娠第10週以降の形態学的な正常な胎児の原因不明の死亡
    2. 重症の子癇前症・子癇または高度の胎盤機能不全による妊娠第34週以前の形態学的な正常な児の早産
    3. 母体の解剖学的・内分泌学的異常、染色体異常を除外した、妊娠第10週以前の3回以上連続した自然流産

検査基準(12週間以上5年未満の間隔で2回以上陽性となる)

  1. ループス抗凝固因子陽性
  2. ELISAで測定したIgG/IgM抗カルジオリピン抗体中等度以上陽性(40U/ml以上)
  3. ELISAで測定したIgG/IgM抗β2-グリコプロテインI抗体陽性(>99パーセンタイル)

臨床基準と検査基準の両方で、それぞれ1項目以上陽性のものを抗リン脂質抗体症候群と診断する。

抗リン脂質抗体症候群の治療

(1)急性期の治療

 動脈血栓症および静脈血栓症ともに、他の原因による血栓症の治療と同じです。抗トロンビン薬およびヘパリンを用いて血栓形成の抑制を行い、必要があれば線溶療法を行います。また、深部静脈血栓症の時は肺梗塞を防止する目的で下大静脈内フィルター留置することもあります。脳梗塞においては、脳保護薬や脳浮腫に対する管理が必要となります。

(2)維持療法

APSでは血栓症の再発が多く、急性期の治療に引き続き、再発予防が重要となります。再発予防には、動脈血栓症では主にアスピリンなどの抗血小板療法、静脈血栓症には主にワルファリンなどの抗凝固療法が行われます。妊娠合併症の既往のある患者さんが妊娠した場合は、少量のアスピリンに加えてヘパリンの投与を行うことが推奨されています。

抗リン脂質抗体が陽性であっても、血栓症や妊娠合併症の既往がなければ治療の必要性はなく、通常は経過観察でよいとされていますが、高血圧や脂質異常症など他の血栓症の危険因子を考慮し、アスピリンなどの予防投与が検討されることがあります。

抗リン脂質抗体症候群の経過と予後

血栓症の再発率が高く、長期にわたる抗血小板療法、抗凝固療法が必要となります。日本では抗リン脂質抗体症候群の予後関する疫学研究は行われていませんが、欧州で行われた1,000例の検討では、5年生存率が94.7%、10年生存率が90.7%と報告されています。主な死因としては、感染症、悪性腫瘍、血栓症(心筋梗塞、脳梗塞、肺血栓塞栓症など)、出血などが報告されています。続発性の場合には原疾患の状態によります。

日常生活の注意

日常生活において血栓症の危険因子を減らすことが必要となります。具体的には禁煙、高血圧や脂質異常症の改善、経口避妊薬の中止などが必要です。 

<リファレンス>

原発性抗リン脂質抗体症候群(指定難病48)
抗リン脂質抗体症候群合併妊娠のガイドライン

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