非特異性多発性小腸潰瘍症|疾患情報【おうち病院】
記事要約
非特異性多発性小腸潰瘍症とは、病理組織学的に特異的所見のない潰瘍が小腸に多発するまれな疾患です。非特異性多発性小腸潰瘍症の原因・治療方法・診断のコツなどを、医師監修の基解説します。
非特異性多発性小腸潰瘍症とは
非特異性多発性小腸潰瘍症は、病理組織学的に特異的所見のない潰瘍が小腸に多発するまれな疾患で厚生労働省の指定難病です。
近年、SLCO2A1 という遺伝子の変異を原因とする疾患であることが明らかとなり、chronic enteropathy associated with SLCO2A1 gene(CEAS)と呼ばれるようになりました。
本症は女性に多く、幼・若年期に発症します。長期間に及ぶ持続性潜性の消化管出血による高度の貧血および低蛋白血症に関連した症状が主症状です。ほぼ全例に貧血を認めますが肉眼的血便は少なく、炎症所見は比較的低値にとどまるという特徴を有します。小腸病変は終末回腸を除く回腸を中心に多発し、比較的浅い潰瘍、偏側性ではない変形が特徴です。症状は難治性・再発性の経過をたどり、現在は内科的治療としては対症療法しかありません。腸管狭窄を呈する場合は手術が必要となることもありますが、根治療法はありません。
本症は希少性から対象患者数が少なく実態が不明瞭でしたが、診断基準の策定後、全国調査にて実態がより明らかとなり2015 年 7 月 1 日より指定難病医療費助成制度の対象疾患に追加されました。
本症患者のうち、重症度分類に則り重症と判断された場合、もしくは高額な医療を継続することが必要な症例については医療費助成の対象となります。
非特異性多発性小腸潰瘍症の原因
以前より家族発症例があること,両親が血族結婚である症例が多いことから遺伝的な要因が発症に関与することが示唆されていました。近年の遺伝子解析によりSLCO2A1遺伝子変異によるプロスタグランジン(PG)輸送体の機能喪失が本症の原因であることが明らかとなりました。PG 輸送体は細胞膜に発現する膜貫通型蛋白であり、組織における PG の細胞内への取り込みや分解に関与することが知られており、本症では腸管粘膜において PG の利用障害が発生している可能性が示唆されています。
常染色体性劣性遺伝という遺伝形式で遺伝しますが、通常の常染色体性劣性遺伝病と異なり、両方の染色体にSLCO2A1遺伝子変異があっても必ずしもこの病気になるわけではなく、性関連遺伝子や性ホルモンなどの他の要因も発症に関与している可能性が考えられています。
非特異性多発性小腸潰瘍症の相談目安
めまいや立ちくらみなどの貧血症状や手足の浮腫など低蛋白血症による症状が主なものです。これらの症状が持続する場合や貧血精査での上部・下部消化管内視鏡検査施行後も小球性低色素性貧血が持続する場合は本症の可能性を疑い、小腸精査の必要性について医師と相談しましょう。
非特異性多発性小腸潰瘍症の疫学的整理
本症の発症時年齢の中央値は 18.5 歳であり、10〜20歳代の若年期に発症することが多いと報告されていますが、発症年齢は1~69 歳と症例により大きく異なっています。また本症患者の30%弱に両親の血族結婚や家系内発症を認めます。一般的に常染色体劣性遺伝病に性差は見られませんが本症の男女比は 1:4と報告されており、女性に多い特徴があります。本症はまれな疾患であり、最近の検討では 全患者数は388例程度と報告されています。
非特異性多発性小腸潰瘍症の海外動向
本症の疾患概念が海外では知られておらず、報告例の多くは日本人であり、欧米からの報告はほぼありません。 遺伝的な人種差があることが考えられています。ただし、韓国人や中国人の症例が近年報告されており、アジア人にはある程度存在する疾患と思われます。
非特異性多発性小腸潰瘍症の症状(潜伏期間・感染経路等)
十二指腸・小腸の難治性潰瘍を形成するため消化管出血による高度の貧血および低蛋白血症に関連した症状が主症状です。具体的には、顔面蒼白、易疲労感、浮腫、第二次性徴を含めた成長障害がみられ、女性では無月経が少なくありません。消化管の狭窄症状として腹痛を訴えることはありますが、他の腸疾患に比較し下痢や肉眼的血便、発熱が少ないことが特徴です。罹患部位は種々の程度の狭窄を伴うものの、腸管肥厚は軽度であり、癒着や瘻孔形成はほとんどありません。
また、原因遺伝子SLCO2A1は太鼓ばち状指、長管骨の骨膜性肥厚、脳回転状頭皮を含む皮膚肥厚症を3主徴とする肥厚性皮膚骨膜症の原因遺伝子としても注目されており腸管外病変としてこれらの症状を合併することもあります。
非特異性多発性小腸潰瘍症が重症化しやすい場合
ヘモグロビン10.0g/dL以下の貧血、あるいはアルブミン値3.0g/dL以下の低アルブミン血症や合併症として、腸管狭窄による腸閉塞症状を呈する場合は重症とされます。
非特異性多発性小腸潰瘍症の診断の方法
本症は慢性の臨床経過と特徴的小腸病変を有する疾患であり、臨床像と小腸X線・内視鏡所見あるいは小腸切除標本の病理所見を組み合わせて診断し、他疾患を除外することが重要です。
腸結核(疑診例を含む)、クローン病、腸管ベーチェット病 / 単純性潰瘍、薬剤性腸炎を鑑別した上で、確定診断は
- 主要所見の A の 2 項目と D に加え,B の 1 )あるいは 2 )または C が認められるもの
- 十分に検索された標本上 C を満足し,D を認めるもの.のいずれかとなります。また、主要所見 A と D が認められるが,B または C の所見が明確でない例は疑診例となります。
A.臨床的事項
- 複数回の便潜血陽性
- 長期にわたる小球性低色素性貧血と低蛋白血症
B.X 線・内視鏡所見
- 近接、多発する非対称性狭窄、変形(X 線所見)
- 近接多発し、境界鮮鋭で浅く斜走、横走する地図状、テープ状潰瘍(内視鏡所見)
C.切除標本上の特徴的所見
- 回腸に近接多発する境界鮮鋭で平坦な潰瘍またはその瘢痕
- 潰瘍は地図状ないしテープ状で、横走、斜走する
- すべて Ul-Ⅱまでにとどまる非特異性潰瘍
D.SLCO2A1 遺伝子変異
非特異性多発性小腸潰瘍症の診断の難しさ(方法)
経過で劇的なものはほとんどなく、消化管の狭窄症状として腹痛はしばしばみられますが下痢や肉眼的血便、発熱がみられることも少ないため診断の契機に至るまでに時間がかかることがあります。また、本症の好発部は深部回腸であり終末回腸の病変頻度は低く、大腸内視鏡では診断できないことが多いため、小腸の検索が必要となります。小腸精査として小腸X 線造影検査やカプセル内視鏡検査が使用されますが前者では病変の拾い上げは検査施行者の力量に依存する部分が大きいこと、後者では狭窄病変が存在する場合腸管内滞留を来しうることに注意が必要です。
カプセル内視鏡検査前に小腸の狭窄が疑われる場合には、実際に使用する前にダミーのカプセルを飲み、約30時間後にダミーカプセルが肛門から出てくるかで、消化管が開通しているかの判定を行う必要があります。
非特異性多発性小腸潰瘍症の治療
本症の小腸病変に対して有効な薬剤は確立されていません。クローン病や潰瘍性大腸炎治療に準じるような副腎皮質ステロイド、アミノサリチル酸製剤、アザチオプリン、インフリキシマブ等はいずれも無効であると考えられています。再発率が高く長期に経過することが多いことから、完全静脈栄養、経腸栄養などの栄養療法が主体になります。
また、貧血に対しては鉄剤投与、輸血による対症療法となります。腸管狭窄の強い症例で経過中に腸閉塞を繰り返す場合には外科的治療が必要となる場合もありますが回腸病変を切除しても、術後早期に新生病変が発生するため慎重な判断が必要です。腸管狭窄に対しては内視鏡的バルーン拡張術が有効な場合があります。
<リファレンス>
梅野淳嗣1) 江﨑幹宏2)松本主之3) 他,非特異性多発性小腸潰瘍症(CEAS)の病態と特徴日本消化器病学会雑誌 Vol. 62(8), Aug. 2020
小児慢性特定疾病情報センター
小林 拓, 梅野 淳嗣, 久松 理一 他,非特異性多発性小腸潰瘍症の難病指定と SLCO2A1 関連小腸症 日本消化器病学会雑誌 第113巻 第 8 号
非特異性多発性小腸潰瘍症 画像診断アトラス
難治性小腸潰瘍の診断法確立と病態解明に基づいた治療法探索
安藤 拓也1) 山崎 雅彦 2)深尾 俊一3) 「腸閉塞にて発症した非特異性多発性小腸潰瘍症の 2 例」日消外会誌 36(12):1698~1702,2003年
難病情報センター非特異性多発性小腸潰瘍症(指定難病290)