先天性横隔膜ヘルニア|疾患情報【おうち病院】
記事要約
先天性横隔膜ヘルニアとは、先天的な横隔膜の欠損孔から腹腔内臓器が胸腔へ脱出する疾患のことをいいます。先天性横隔膜ヘルニアの原因・治療方法・診断のコツなどを医師監修の基解説します。
先天性横隔膜ヘルニアとは
先天性横隔膜ヘルニア(Congenital diaphregmatic hernia: CDH)とは、先天的な横隔膜の欠損孔から腹腔内臓器が胸腔へ脱出する疾患のことをいいます。10000出生に対し、2~5例ほどの有病率といわれています。
胎児期に臓器の脱出が起こると、主には肺の形成や成熟が阻害され、出生直後より呼吸障害を認めることが多く、重篤な場合には致死的となります。
多くの症例は先天性横隔膜ヘルニア単独で発症しますが、一部の症例には染色体異常や遺伝性の症候群を認めます。単独での先天性横隔膜ヘルニアの場合、肺低形成と肺高血圧の程度が重症度に反映します。
近年は出生前診断される例が増え、新生児期の治療の質の向上により、生存例も増えつつありますが、治療後は後遺症が残ることも多く、胎児治療の内容も含めて、研究課題の多い疾患として考えられています。
先天性横隔膜ヘルニアの原因・リスク因子
正常な横隔膜が作られる過程で起こる胸腹膜ひだの閉鎖がなぜ起こるのか、また何がそれを阻害するのか、ということについては、まだ解明されていません。
遺伝的要素が考えられる症例の報告もありますが、多くが孤発例であり、それらのケースの中でも、単一ではない、複数の遺伝子異常が確認されています。
双子研究においては、一卵性妊娠におけるCDHの同時発生はこれまで認められていません。
以上のことから、CDHの発生には遺伝的な要素または環境的な要素、あるいは両方が関与しあって発生するのではないかと考えられています。
下記との関連があるのではないかという説もありますが、医学的には明らかに証明されていません。
- ビタミンA欠乏
- サリドマイドの曝露
- 抗てんかん薬の使用
- キニン(抗マラリア薬)の使用
先天性横隔膜ヘルニアの解剖額的整理・病態生理
妊娠4週から10週くらいの間に起こる胸腹膜ひだの閉鎖が正常に起こらない場合、その部分が横隔膜上の欠損孔として残存してしまいます。そして胎児期の、特に妊娠3週から16週の間の肺成長に重要な期間において、その欠損孔を介して腹腔臓器の胸腔内への脱出が起こった場合、以下のような状態が起こりやすくなると考えられています。
- 気管支の分枝形成阻害
- 肺動脈壁の肥厚
- 肺の低形成
- 肺サーファクタント産生障害
- 同側心臓の低形成
これらは、新生児期の呼吸障害及び循環動態の異常を引き起こす原因となります。
CDHにおける横隔膜の欠損部位(腹腔内臓器が胸腔へ脱出する可能性のある部位)は、主に3箇所あります。
- 左側ボボダレク孔:一番大きい欠損孔
- 右側ボボダレク孔:二番目に大きい欠損孔
- モルガニ孔:胸骨後方にある欠損孔
*横隔膜の腱中央部に起こる小さな欠損孔からのヘルニアも稀にみられます。
それぞれの発生頻度は、ボボダレク孔ヘルニアが全体の約95%程度(うち左側が80~85%,右側が10~15%,両側発生が2%以下)、モルガニ孔ヘルニアが残りの5%程度と言われています。
一部、横隔膜の発生そのものが起こらないCDHも存在します。その場合、腹腔臓器が完全に胸腔を圧迫してしまうことになるため、最も重篤で予後が悪くなります。
CDH単独症例は全体の60〜70%、様々な先天奇形を合併する症例は約30%、複雑心奇形や多発奇形症候群、18トリソミーなどの重症染色体異常を合併する症例は約15%程度といわれています。
先天性横隔膜ヘルニアの症状・徴候
9割以上の症例において、出生直後〜数時間以内の間に呼吸障害がみられます。出生後にはあまり異変は見られず、乳児期以降に呼吸症状や消化器症状の精査をきっかけにCDHが診断される例は、前症例の約5%程といわれています。
出生児においては、ヘルニア側では通常呼吸音が減弱しています。ヘルニア臓器が縦隔臓器を圧迫している場合には、心音の偏移がみられることもあります。例えば左側ヘルニアでは、縦隔臓器が右に偏位するため、心音聴取位置が通常より右にずれることがよく起こります。
胸腔へ脱出している腹部臓器の体積が大きいと、胸郭の樽状変形や腹部の陥凹といった体表の形状変化が見られることもあります。
先天性横隔膜ヘルニアが重症化しやすい場合
先天奇形の重複例、複雑心奇形の合併、染色体異常の合併例は、一般的に予後不良なことが多いと考えられています。
CDH単独例の場合は、肺低形成と肺高血圧のレベルが重症度に反映し、それらの程度が著しいほど、呼吸循環動態はより不安定となり、治療も困難となります。
先天性横隔膜ヘルニアの診断方法(画像検査について)
CDHは通常は、超音波断層検査による胎児スクリーニングの機会に発見され、おおよそ7割強の症例において、出生前に診断がついているといわれています。
【出生前の画像検査について】
予後の評価及び、胎児期・新生児期以降の治療の可能性を検討していくために、超音波検査、MRI検査などの画像検査は不可欠です。画像検査では、通常以下のような点を確認します。
- 欠損孔の位置、大きさの推定
- 脱出臓器の確認
- 関連臓器の評価(肺、心臓など)
- 合併先天奇形の有無
など。
一番頻度の高い左側ボボダレク孔欠損の場合は、以下のような所見がよく認められます。
- 腹水の胸腔内への漏出
- 胸腔内への小腸の脱出
- 横隔膜下に胃胞が認められない
- 肝臓組織の胸腔への脱出
超音波検査においては、小腸はその蠕動を確認することによって、位置確認が可能となります。低輝度腫瘤が通常心臓のある位置に認められ、それが腹腔内の肝臓部分と連続しているような場合には、肝臓が左側ボボダレク孔から脱出している可能性が高いと考えられます。肝臓血流を描出するのには、カラードップラー法が有用です。
次に頻度の高い右側ボボダレク孔欠損の場合、小腸の脱出は左側ボボダレク孔ヘルニアほど高頻度にはみられず、臓器の右側孔からの胸腔内脱出の確認が診断のポイントとなります。肝臓が脱出していることが多く、その影響で縦隔が左側に偏移していることもよくあります。胆嚢の脱出を伴っていることもあります。超音波検査では、肝臓の輝度が肺のものと類似しているために、左側ボボダレク孔ヘルニアに比べ、診断が難しいこともあります。
右側、左側問わず、縦隔臓器の圧迫が著しくなることによって、縦隔後方にある食道が圧迫を受け、そのために羊水過多を来たしやすいといわれています。起こることは稀ですが、縦隔への圧迫が静脈還流にまで影響する場合には、胎児水腫がみられることもあります。
先天性横隔膜ヘルニアの鑑別疾患
CDHとの鑑別が必要な胸腔内病変を認める疾患として、以下のような先天性疾患が挙げられます。
- Congenital pulmonary airway malformation: 先天性肺気道奇形
- Bronchopulmonary foregut malformation: 気管支肺前腸奇形
- Bronchogenic cyst: 気管支原性嚢胞
- Bronchial atrasia: 気管支閉鎖症
- Enteric cyst: 消化管嚢胞
- Teratoma: 奇形腫
CDHと上記の疾患は、胃胞や腸蠕動の位置(横隔膜の上か下か)を確認する事で、鑑別が可能となります。
上記疾患とは別で、横隔膜筋性部の発達が悪い場合に、横隔膜膜様部が腹腔内臓器を嚢状に覆い、その嚢部が胸腔内に突出する事があります。基本的には、腹腔内臓器を覆う膜を確認する事でCDHとの鑑別を行う事ができますが、CDHの脱出臓器が一部横隔膜を覆うような場合には、鑑別が難しくなることもあります。そのような場合には、脱出する臓器が横隔膜で覆われていない部分を探す/脱出位置の確認(一般的によくみられる横隔膜欠損孔の位置からどのくらいずれているか)を確認する事で、鑑別が可能となることもあります。
先天性横隔膜ヘルニアのマネジメント
CDHは、通常出生後に横隔膜の欠損部を修復する手術治療が必要となりますが、手術後の児の予後改善のために、母体の妊娠管理も含めた周産期管理を計画的に行い、出生直後の児の呼吸循環動態をできるだけ安定させ、その上で周術期に移行させていくことが非常に重要と考えられています。重症度には個人差も大きく、それぞれのケースに合った治療方針を立てることが必要になります。出産前の両親の準備と、複数の診療科から構成される医療チームの治療準備のために、出生前診断には、非常に大きな意義があると言えます。
出生前診断が行われている場合には、出生直後から起こる呼吸循環動態の異変に対しスムーズに治療を導入できるよう、通常計画分娩を行う方針とします。
【出生直後】
出生直後は軽症例以外は、呼吸循環動態の安定のために速やかに気管支挿管を行い、経鼻チューブなどを用いて消化管の持続的な圧軽減を図ります。バッグ&マスクによる換気は、消化管を拡張させ肺組織をさらに圧排してしまう心配があるため、避けるべきです。挿管後は、人工呼吸器を使用した厳重な呼吸管理を開始します。
呼吸管理においては、肺組織の損傷及び肺高血圧症の悪化を最小限に抑え、かつ組織への酸素供給がある程度保たれるような換気方法を行います。気道内圧は25cmH2O未満に設定し、動脈管前SpO2は85%以上(動脈管前PaO2は30mmHg以上)、PaCO2は45~65mmHg、動脈血Phは7.25~7.4の間を保つよう心がけます。
心エコーも用いて肺高血圧症の重症度を評価し、状態に合わせて一酸化窒素吸入療法などの治療を行います。循環動態の程度によっては、ECMO(体外式膜型人工肺)を用いることもあります。心エコーの際には、心奇形の有無を確認することも重要です。
血圧・動脈血ガスのモニタリングや投薬の目的で、臍帯動静脈ルートを確保します。肝臓が胸腔内に脱出している場合には、静脈ルート確保が困難なこともあるため、その際には別ルートの静脈確保を検討します。
循環動態が不安定な場合には、生理食塩水や強心剤(ドパミン、ドブタミン、ハイドロコルチゾンなど)を用いて、その安定を図ります。右→左シャントがあればそれを最小限にするために、平均血圧を40mmHg以上に維持するよう心がけます。
サーファクタント療法がCDH児の予後を改善するかどうかは分かっていませんが、新生児呼吸窮迫症候群が疑われる場合や、児の週数、胎児治療(胎児鏡下気管バルーン閉塞術)後バルーン抜去から48時間以内に分娩が予定される場合など、状況に合わせて実施されることがあります。
【CDHの手術治療】
基本的には、出生後の呼吸循環動態が安定してから手術を行います。脱出臓器を腹腔内に収めてから横隔膜の閉鎖を行います。孔の大きさによりその方法は異なり、孔が小さい場合には、直接縫合によって、大きい場合には人工布や腹壁の筋組織を用いて孔の閉鎖・修復を行います。
出生直後の呼吸循環動態管理の質の向上に伴い、児の予後も近年改善が見られています。近年の本邦調査(2011年)においては、以下のように報告されています。
- 新生児例全体では75%が生存退院
- 重篤合併奇形や染色体異常を伴わないCDH単独例においては84%が生存退院
- 生後24時間以降のCDH発症例(軽症例)では、ほぼ全例が救命
しかし、治療後は様々な合併症を伴うことが多く、合併症の種類や程度は様々ですが、術後も治療や定期的なフォローアップが必要になることもあります。
【胎児治療】
適応症例には、胎児治療:胎児鏡下バルーン気管閉塞術 Fetoscopic Endoluminal Tracheal Occlusion(FETO)を行うこともあります。この治療の目的は、肺の低形成の進展を食い止め、肺の成熟を促すことにあります。
未だ実験的な治療であること、また早産誘発のリスクを伴うため、実施は通常慎重に検討されます。適応例としても、あくまで比較的成功が期待される症例(例えば、左側CDHの単胎症例、O/E LHR(Observed/ expected lung area to head circumstance ratio)<25%の症例など)に限られることが一般的です。
一般的には、妊娠30週頃に胎児鏡下に気管切開を行い、気管にバルーンを留置します。気管がバルーンにより閉鎖されることで、肺組織が産生する肺液が肺内に留まり、肺内で増量していくことで肺が徐々に拡張していく事が期待されます。手術の効果は、術後一週間以内の肺膨張の程度で評価されます。
その後は通常妊娠34週頃に胎児鏡下にバルーンを抜去し、以後計画出産に備えます。
手術の成功率は約半数と言われています。
<リファレンス>
日本胎児治療グループ「先天性横隔膜ヘルニア」
Congenital diaphragmatic hernia in the neonate, (UptoDate)
難病情報センター「先天性横隔膜ヘルニア(指定難病294)」