亜急性硬化性全脳炎(SSPE)|疾患情報【おうち病院】
記事要約
亜急性硬化性全脳炎 (SSPE)は、麻疹(はしか)ウイルス感染のまれな合併症として起こる中枢神経系の遅発性ウイルス感染です。亜急性硬化性全脳炎の原因・治療方法・診断のコツなどを医師監修の基解説します。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)とは
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は、麻疹(はしか)ウィルス感染のまれな合併症として起こる中枢神経系の遅発性ウイルス感染です。麻疹に罹患し治癒した後も、麻疹ウイルスが長期間にわたって脳に潜伏することによって起こります。
本症を発症する場合は、麻疹罹患後 5〜10年で脳炎を発症することが多いと考えられています。本邦での年間発症数は1〜4人程度で、予防接種により麻疹感染そのものが減少しているため、SSPE患者数も減少しています。
初期の典型的な症状として、知的障害(学業成績、記憶力の低下など)、行動異常(癇癪、注意散漫、物忘れなど)といった高次脳機能障害があります。
徐々に徐々にミオクローヌス(筋肉のピックっという不随意運動)や感情の不安定がみられるようになり精神活動が低下し、運動能力も低下していきます。数ヶ月から数年で歩行や食事摂取も困難となり、昏睡状態となって死にいたります。
SSPEに対する確立された治療法はまだありません。しかし、いくつかの治療法が保険適応で実施されています。すでに比較的多数例に実施され有効であると考えられている治療法として、イノシンプラノベクスの内服療法とインターフェロン脳室内療法があります。
両者の併用療法が有効であるという報告が多く併用が広く用いられている治療です。この治療法により、SSPEの生存期間が延長しています。しかし治癒することはまれであり、依然として予後不良な疾患です。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の原因
SSPEの原因は、麻疹ウイルス感染後のウイルスの脳内潜伏です。通常の麻疹からどのようにしてSSPEへと進展するかについては、ウイルス側の要因と生体側(患者)の要因があると考えられています。
麻疹ウイルス株がSSPEを引き起こす可能性についてWHOは、これまでの報告からその可能性は示唆されていないとしています。
- ウイルス側の要因
感染した麻疹ウイルスが宿主の免疫システムを免れながら脳内に潜伏する間に遺伝子の変異を起こし、神経親和性・神経病原性を有するようになったことが原因の一つであると考えられています。しかし、ウイルスがどのようにして宿主の免疫システムを免れているのかはまだわかっていません。
- 生体側の要因
2歳未満の免疫系や中枢神経系が十分に発達していない時期の麻疹ウイルスの初感染はSSPEのリスクを高めることやSSPEが男児に多いことから宿主側にも何らかの要因があることが推測されます。
SSPE患者の研究では、麻疹ウイルスに対する免疫反応のアンバランスや低下が見られることから、宿主側の麻疹ウイルスに対する免疫反応の遺伝的な異常が関与している可能性が考えられます。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の相談の目安
麻疹の既往がある小児や若年成人の方で、知的障害や性格の変化、精神症状、歩行異常などを認めるようになった場合は、速やかに小児科、内科を受診することをお勧めします。受診時に、麻疹にかかったことがあるという情報を医師に伝えることも大切です。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の疫学的整理
SSPEは、2歳未満で麻疹に初感染した場合の発症が多く、好発年齢は5〜14歳と報告されています。また男女比は1.8〜3:1と男児に多く見られます。
本邦の発生頻度に関し、1985年〜2000年におけるデータから麻疹推定患者数8,000人に約1人という報告があります。1990年に沖縄県で麻疹の流行した時のデータからは、暫定値ではありますが10万人あたり54.5人(1,833人に1人)という報告があります。
近年の海外での報告については、ドイツでの報告は10万人あたり30.3-58.8人(1,700-3,000人に1人)、米国カリフォルニア州の報告では5歳未満で麻疹に罹患した患者データで10万人あたり73人(1,367人に1人)、1歳未満で麻疹に罹患した患者データで10万人あたり164人(609人に1人)という報告があります。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の症状
SSPEは麻疹ウイルス初感染後、5年〜10年ほどの潜伏期を経て発症します。臨床経過は多様で、ごくまれに自然軽快することもありますが、多くは数ヶ月から十数年かけて悪化し予後は不良です。
典型的な症状の経過は4期 (Jabbour分類) に分類されます。
第Ⅰ期
初発症状として、学業成績や記憶力の低下といった軽度の知的障害、感情不安定や性格の変化、歩行障害などを認めます。
第Ⅱ期
四肢の周期的なミオクローヌス(筋肉の不随意運動)が見られるようになります。知的障害や運動障害も進行していきます。
第Ⅲ期
知的障害、運動障害、ミオクローヌスはさらに進行し、歩行が不可能になります。
また食事の摂取も困難になり、誤嚥性肺炎も起こしやすくなります。そのため、経鼻経管栄養や胃瘻などが必要になります。さらに自律神経症状として、体温の不規則な上昇、発汗や唾液分泌の過多が見られるようになります。
第Ⅳ期
昏睡状態となり、四肢の緊張は高度に亢進します。この頃には自発運動は見られなくなり、ミオクローヌスも消失します。この頃には、人工呼吸器あるいは気管切開による呼吸管理が必要になります。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の診断方法
SSPEの診断はまず本症を疑うことから始まります。麻疹感染が激減していることで本症が鑑別疾患として挙がることが難しくなっています。したがって、正常に成長してきた幼児、学童あるいは青年に神経症状や精神症状が新たに出現したり、退行変化(今まで出来ていたことができなくなる)が見られる場合にはSSPEも鑑別に挙げ、麻疹の既往歴を確認する必要があります。
<診断基準> 難病情報センターHPより引用
Definite、Probableであるものを対象とする。
1.診断のカテゴリー
大項目
(1)麻疹抗体 脳脊髄液(CSF)中麻疹抗体高値
(2)臨床症状 典型:急速進行型、亜急性進行型、緩徐進行型、慢性再発−寛解型
非典型:症状が痙攣のみの例、I期が遷延する例、乳児あるいは成人例
小項目
(3)脳波 周期性同期性放電(periodic synchronous discharge:PSD)
(4)脳脊髄液検査 脳脊髄液IgG-indexの上昇
(5)脳生検 全脳炎の所見
(6)分子生物学的診断 変異麻疹ウイルスゲノム同定
Definite:
大項目(1)+(2)(典型)に加え、小項目(3)~(6)の少なくとも1つ。
大項目(1)+(2)(非典型)に加え、小項目(5)、(6)の少なくとも1つ。
Probable:大項目(1)+(2)(典型)
Possible:大項目(1)+(2)(非典型)
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の診断の難しさ
本症は、病初期や非典型的な経過を示す場合には診断が難しいことがあると言われています。
学力低下や行動の異常、ミオクローヌスといった初期症状は、発達障害や不登校、てんかん発作と診断されたり、精神症状に対しては、うつ病や統合失調症と診断されることがあります。
その他、頭部MRIの所見から大脳白質変性症、急性散在性脳脊髄炎などとの鑑別も必要です。また、非典型的な症状として、視力低下、半盲などで発症する症例も報告されています。
したがって、原因がはっきりしない若年者の眼症状の場合にもSSPEを鑑別としてあげる必要があります。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の治療
本症に対する根本的な治療法はありませんが、いくつかの治療法が保険適応として承認されています。
【薬物療法】
1)イノシンプラノベクスの内服療法
イノシンプラノベクスは、免疫増強作用と抗ウイルス作用を持つ薬剤です。SSPE患者の生存期間の延長効果があると考えられています。副作用は、本剤がいのしんから尿酸に代謝されるため高尿酸血症、肝機能障害、尿路結石、消化管出血などが報告されています。
2)インターフェロン脳室内療法
インターフェロンは、抗ウイルス作用のある薬剤です。これを髄腔内または脳内に投与します。無治療の場合と比べ、病気の進行が抑えられる率が高いと報告されています。しかし効果は一時的で長期予後の改善は見られないとされます。
イノシンプラノベクスとの併用により臨床症状の進展抑制効果があると考えられています。
現在、最も用いられている治療法は、上記 1)と 2)の併用療法です。これにより、生存期間が延長する症例が見られるようになっています。
また研究段階の治療としてリバビリン(抗ウィルス薬)の脳室内投与があります。比較的早期に投与された場合、臨床効果の改善が認めらる症例が多いとされています。
【合併症に対する治療】
病状の進行による摂食困難や誤嚥性肺炎に対し経鼻経管栄養、胃瘻造設があります。呼吸障害に対しては、人工呼吸器または気管切開による呼吸管理を行います。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の経過、予後
病状の進行は、発症から数ヶ月で第Ⅳ期にとなる急性型が約10%、数年以上の経過を辿る慢性型が約10%見られるとされています。しかし近年、上記した薬物療法により症状の進行が抑制されたり、改善する症例が見られるようになり生存期間が延長してきています。
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)の予防
SSPEに対し十分に有効な治療法が確立されていないことから、麻疹感染を予防することが非常に重要です。
麻疹感染を予防するためには予防接種が有効です。
麻疹含有ワクチン(本邦では麻疹風疹混合ワクチン)を接種することで95%程度の人が麻疹ウイルスに対する免疫を獲得できると考えられています。
現在、麻疹含有ワクチンは2回接種が推奨されています。
これにより1回目の接種で十分な免疫が得られなかった人の多くが免疫を獲得することができるとされています。
本邦では、麻疹風疹混合ワクチンを①1歳児、②小学校入学前1年間に定期接種として受けることができます。
<リファレンス>
難病情報センター 亜急性硬化性全脳炎(指定難病24)
難病情報センター 亜急性硬化性全脳炎(指定難病24)
亜急性硬化性全脳炎 診療ガイドライン
NID 国立感染症研究所 亜急性硬化性全脳炎の発生状況
World Health Organization. Subacute sclerosing panencephalitis and measles vaccination. WER2006;81:13-20.
厚生労働省 麻疹について