脊髄空洞症|疾患情報【おうち病院】
記事要約
脊髄空洞症とは、脊髄の中に脳脊髄液が溜まった空洞ができてしまうことにより脊髄の機能が障害される疾患です。脊髄空洞症の原因・治療方法・診断のコツなどを医師監修の基解説します。
脊髄空洞症とは
脊髄空洞症は、脊髄※1の中に脳脊髄液※2が溜まった空洞ができてしまうことにより脊髄の機能が障害される疾患で、多くは頚髄に起こります。脳と脊髄の周りを循環している脳脊髄液の流れが滞ることで空洞ができると考えられています。
その原因はさまざまですがキアリⅠ型奇形※3に伴うものが多く、その他、脊髄やその周囲組織の外傷や出血、癒着性くも膜炎などがあります。30歳代での発症が最も多く、男女差はありません(キアリ奇形によるものに限っては女性の割合が多い)。
症状は上肢のしびれや痛み、重だるさで始まることが多く、その後徐々に手の力が入らなくなることが多いといわれています。その他、頭痛、めまい、顔のしびれなどで始まることもあります。キアリ奇形に伴うものでは、咳やいきみ、怒責によって頭痛や後頚部痛が誘発されることがあるという特徴があります。
本症の感覚障害は、温・痛覚障害を認める一方、触覚や振動覚などの深部感覚は保たれるといった特徴的なものを呈することがあります(解離性感覚障害)。病状は緩やかですが徐々に進行していきます。筋の萎縮や下肢のつっぱり、歩行障害も出現します。さらに起立性低血圧、発汗障害、障害側の手の肥大など自律神経症状を認めることもあります。
治療をせずに放置した場合、約半数が20年以内に下肢にも麻痺が及び車椅子が必要になると考えられています。
治療は、保存的治療として、痛みやしびれに対する内服、リハビリテーションがあります。しかし、いずれも空洞を小さくするものではありません。一方、外科的治療は空洞を縮小し症状の改善を図る治療になります。
キアリⅠ型奇形に伴う脊髄空洞症に対しては、大後頭孔拡大術を行い、脳脊髄液の流れを改善することで空洞を縮小させます。また空洞短絡術(シャント術)は空洞に溜まった脳脊髄液をチューブを使って別の場所へ流し、空洞の縮小を図る手術です。くも膜下腔に流す「空洞 - くも膜下腔シャント」が多く行われますが、胸腔や腹腔に流すようにチューブを留置することもあります。
手術を施行し空洞が縮小しても、痛みやしびれが残ることもあります。この場合、保存的治療を継続する必要があります。また、完全に空洞が消失しない場合や空洞が再発することもあります。
※1 脊髄は脳から連続する中枢神経で、「脳からの命令を全身に伝える」あるいは「末梢からの感覚を脳に伝える」働きを持った神経線維の束です。脊髄は、脊柱管というトンネルの中で、頭蓋内から連続している硬膜という丈夫な袋の中に入っています。硬膜の内側には半透明の薄い膜であるクモ膜があります。クモ膜の内側は脳脊髄液で満たされており、この脳脊髄液の中に浮くように脊髄が存在しています。
※2 脳脊髄液は、脳や脊髄を外部の衝撃から保護し、脳圧コントロール、老廃物の排泄、栄養因子やホルモンの運搬など様々な役割があります。脳脊髄液は脳の中にある脳室の脈絡叢(みゃくらくそう)で産生され、脳や脊髄の表面を循環し毛細血管で吸収されるというサイクルで1日に3回ほど入れ替わっています。
※3 キアリⅠ型奇形とは、小脳が大後頭孔を越えて脊柱管内に陥入する形態を呈する疾患です。キアリⅠ型奇形の診断は大後頭孔から小脳扁桃先端が 5 mm以上下垂していることとされています。約50%に脊髄空洞症を伴い、更に空洞を有する患者の約1/3に側弯を伴います。水頭症は10-30%に伴います。発症は20-40歳の成人で、女性に多くみられます。
脊髄空洞性の原因
本症の原因として多いのがキアリⅠ型奇形です。キアリⅠ型奇形の約50%が脊髄空洞症を伴うとされています。脊柱管内に小脳の一部が陥入することにより脳脊髄液の流れが滞ることで空洞ができると考えられていますが詳しい病態はわかっていません。
その他、キアリⅡ型奇形に伴うもの、脊髄やその周囲組織の外傷や出血、癒着性くも膜炎などが挙げられます。
注意)癒着性くも膜炎に続発したもの、外傷やその他に続発した脊髄空洞症は指定難病の対象にはなっていません。
疫学
本症の発症年齢は30歳代に多く、男女差はないとされています。しかし、キアリⅠ型奇形に伴う脊髄空洞症に関しては、女性に多くみられます。本邦の有病率は100,000人に1.96人との報告があります。
多くの場合、本症が遺伝することはありません。しかし、家族性脊髄空洞症の報告があるため何らかの遺伝素因が関与する可能性が推測されています。
脊髄空洞症の症状
脊髄空洞症は頚髄に生じることが多く、この場合は下肢よりも上肢に症状が強く現れます。
多くは一側性の上肢のしびれ、痛み、重だるさなどの不快感で発症することが多いといわれています。その後、徐々に両手の力が入らなくなっていきます。その他、頭痛、めまい、顔の痺れで始まることもあります。キアリ奇形に伴う脊髄空洞症では、咳やいきみ、怒責によって頭痛や後頚部痛が誘発されることがあります。
本症の感覚障害は、一側の上肢から上半身にかけて生じる宙吊り型感覚障害が特徴で、経過中に反対側の上肢にも感覚障害を認めるようになります。また、解離性感覚障害といって温・痛覚は障害されますが、触覚、位置覚などの深部感覚は後期まで保たれるという特徴もあります。
経過と共に上肢に遠位筋優位の脱力、筋萎縮がみられるようになります。下肢は痙性を認めるようになり、歩行障害も出現します。
また腱反射は障害惻の上肢で低下〜消失、下肢で亢進(症状が進行すると低下)となります。
腹壁反射は、障害側で低下、側弯症を合併する例では側弯の凸側で低下します。
これらの症状のうち、宙吊り型の痛覚解離、深部腱反射の亢進、腹壁反射の異常は脊髄空洞症の3徴とされています。
自律神経症状として、ホルネル徴候(縮瞳、眼瞼下垂、発汗減少)、起立性低血圧、発汗異常、障害側の手足の肥大(片側肥大)などを認めることもあります。
空洞が拡大すると、保たれていた触覚や位置覚も障害されていきます。また、空洞が伸展し延髄までおよぶと舌の麻痺や萎縮、構音障害、嚥下困難などの脳神経症状を認めます。
また、小児期に脊髄空洞症を発症した場合、脊椎側弯を合併することが多いといわれています。学校検診で発見される側弯症の中に、精査にて脊髄空洞症やキアリ I型奇形と診断される例が散見されること、またこれらの症例では無症状の場合も多いことが報告されています。
したがって脊髄空洞症の合併を早期に発見するために、側弯症の初診時には上記の3徴を含めた神経学的所見の精査が重要と考えられます。
脊髄空洞症の診断方法
本症の診断にはMRIが重要で、これにより診断をほぼ確定することができます。また腫瘍に伴う嚢胞との鑑別には造影剤を用いた造影MRIが必要になります。
<診断基準> 難病情報センターHPより引用
脊髄空洞症の診断基準において、症候性脊髄空洞症と診断された場合を対象とする。ただし、無症候性脊髄空洞症及び続発性脊髄空洞症を除く。
I.診察所見
緩徐に発病し、以下の症候から少なくとも1項目を認める。
- 片側若しくは両側上肢又は頸部や体幹の感覚障害
- 片側又は両側上肢の筋力低下及び萎縮
- 足底反射異常を伴う痙性又は弛緩性対麻痺
- ホルネル(Horner)症候、瞳孔不同、発汗障害、爪の発育障害、起立性低血圧、神経原性関節症、患側の手足の肥大などの自律神経障害
- ホルネル(Horner)症候、瞳孔不同、眼振、顔面感覚の低下、舌の萎縮及び線維束性収縮、嚥下困難、嗄声、胸鎖乳突筋萎縮などの脳神経症候
- 側弯症
II.神経放射線所見
空洞の証明は必須事項とする。
- MRIで脊髄内に偏在性あるいは中心性の空洞を認める(隔壁様構造物はあってもよい)。体内金属等によってMRI検査が施行できない場合には、水溶性造影剤によるCTミエログラフィーにより空洞を確認できる。
- キアリ(Chiari)奇形、頭蓋頸椎移行部の骨奇形、脊柱側弯などを伴うことが多い。
注1)空洞症のMRI所見
T1強調画像で辺縁が明瞭な髄液と同じ信号強度を示す髄内占拠病変が上下数節にわたり存在することをもって、脊髄空洞症と診断する。この際、胎生期中心管遺残は除外する。
注2)キアリ(Chiari)奇形の定義
1型:小脳扁桃が大後頭孔より3mm以上下垂し、原則として小脳扁桃の変形を生じているもの。延髄の下垂を伴ってもよい。
2型:小脳下部(主に虫部)と延髄が大後頭孔より下垂し、第4脳室も下垂する。原則として腰仙部に脊髄瘤又は脊髄髄膜瘤を伴う。
III.鑑別診断
以下の疾患が除外されていること
- 脳幹部・高位脊髄腫瘍
- 環軸椎脱臼
- 頸椎椎間板ヘルニア
- 加齢に伴う変形性脊椎症や靱帯骨化症による脊髄症及び脊髄根症
- 運動ニューロン疾患
- 若年性一側性上肢筋萎縮症(平山病)
- 特発性側弯症
IV.参考所見
- 空洞形成の急激な進行に先立って、脊髄の腫大と浮腫を伴うpresyrinx stateと称される状態がある。
- 既往に難産あるいは分娩時外傷がみられることがある。
- 一部に家族歴をみることがある。
- 時に進行停止例や自然緩解例がある。
- 外傷や癒着性くも膜炎などに続発する場合がある。
- 髄内腫瘍に伴うものは腫瘍嚢胞(Tumor cyst)とし、空洞とはしない。
V.診断のカテゴリー
A)症候による分類
- 症候性脊髄空洞症
上記I、II-1)、IIIの全てを満たす脊髄空洞症 - 無症候性脊髄空洞症
検査で偶然に見つかった脊髄空洞症で、II-1)とIIIを満たすもの
B)成因による分類
- キアリ(Chiari)奇形1型を伴う脊髄空洞症
- キアリ(Chiari)奇形2型に伴う脊髄空洞症
a)開放性二分脊椎(脊髄髄膜瘤又は脊髄破裂)
b)潜在性二分脊椎(脊髄脂肪腫、緊張性終糸、割髄症、皮膚洞、髄膜瘤、脊髄囊胞瘤などを含む。)
c)上記二分脊椎を伴わないもの - 頭蓋頸椎移行部病変や脊椎において骨・脊髄の奇形を伴い、キアリ(Chiari)奇形を欠く脊髄空洞症
- 癒着性くも膜炎に続発した脊髄空洞症
- 外傷に続発した脊髄空洞症
- その他の続発性脊髄空洞症
- 上記のいずれにも該当しない特発性脊髄空洞症
4.5.6を続発性脊髄空洞症とする。
脊髄空洞症の治療
1)保存的治療
- 痛みやしびれに対する内服(消炎鎮痛剤、ビタミンB12製剤)
- 筋力低下や筋萎縮、構音障害、嚥下障害に対するリハビリテーションなど
これらは各症状に対する対症療法であり、いずれも空洞を小さくするものではありません。またこれらの保存的治療は、術前だけでなく術後も継続的に必要になることはよくあります。
2)外科的治療
手術による治療は、空洞を縮小することを目的としており、それによって症状の進行を予防することが期待できる治療です。症状の改善がみられることもあります。しかし、病状が進行してしまった後では手術による治療効果が期待できないため、本症の早期発見と適切なタイミングでの手術は重要です。
3)大後頭孔拡大術
この手術は、頭蓋骨から脊柱管に移行する部分を拡大させて、脳脊髄液の流れを改善する事を目的とした手術です。キアリ奇形により空洞が形成されている場合には有効な術式です。効果が不十分な場合には、空洞短絡術を併用します。
手術の合併症として、髄液ろう、髄膜炎、術後血腫、創部感染、神経・血管障害、脊髄損傷などが挙げられます。
4)空洞短絡術(シャント術)
この手術は、空洞に溜まった脳脊髄液をチューブを使って別の場所へ流し、空洞の縮小を図るものです。くも膜下腔に流す「空洞 - くも膜下腔シャント」が多く行われますが、胸腔や腹腔に流すようにチューブを留置することもあります。
本術式は比較的侵襲の少ないものですが、人工物であるチューブを留置するため感染を生じる可能性があること、チューブの詰まりや脱転といった合併症の可能性があります。
脊髄空洞症の経過、予後
本症は、症状が進行しない患者さんや稀に症状の自然改善を認めることがあります。しかし、大部分は症状の進行を徐々に認めます。治療をせずに放置した場合、約半数が20年以内に下肢にも麻痺が及び車椅子が必要になると考えられています。
症状が進行した後では手術による治療効果が十分得られないことが多いため、適切なタイミングで手術を受けることが大切です。また、術後も症状が残ることがありますので継続的な通院、治療が必要になることがあります。
脊髄空洞症で注意すべき点
本症では、咳やいきみ、怒責により脳脊髄圧が高まり、頭痛などの痛みが誘発されることがあります。これは空洞が広がる誘因になることがありますので、痛みが誘発される動作は避けるよう注意が必要です。また、温・痛覚障害の症状を認める場合は火傷や外傷に気付きにくくなりますので日常生活においては十分に注意が必要です。
<リファレンス>
難病情報センター 脊髄空洞症(指定難病117)
難病情報センター 脊髄空洞症(指定難病117)
日本脊髄外科学会
神経治療 34: 346-349, 2017 脊髄空洞症
東京都予防医学協会年報 2014年版 第43号 脊柱側彎症検診の実施成績